今日も南区平和1丁目で建て方作業に伴う交通誘導警備に従事した。少し晴れ間は出たが、全体的に曇っていて、寒かった。今日の相方もAさんだった。
作業は8時から始まり、午前中にトラックが2台来た。12時ちょっと過ぎに、Aさんがもう終わりそうだ、と言った。大工さんたちが休憩を取り始めたので、私たちも30分ずつ休憩を取ることにした。私は昨日と同じ南区平和2丁目のファミマでお昼休憩とすることにした。フィッシュバーガーと海苔巻きソーセージおにぎりを食べた。休憩から戻ると、大工さんたちはまだ休憩中だった。午後は13時40分から始まった。クレーンの運転手さんは大工さんたちの仕事を手伝っていた。14時15分頃にクレーンはブームを畳み始めた。クレーンが帰ると、Aさんが現場監督にサインを貰いに行った。終了時刻は14時45分だった。Aさんは年末は桧原のS林業の現場に行っていたそうだ。今日はセットしていた目覚ましのアラームが鳴らず、7時40分起きで遅刻しそうになった。なので、新しい目覚まし時計を購入した。これで、明日は安心して起きられる。
2019年1月8日火曜日
2019年1月7日月曜日
2019年1月7日(月) S林業HE 南区平和1丁目 建て方
今日は、南区平和1丁目で建て方作業に伴う交通誘導警備に従事した。快晴で、朝は冷えていて、陽が照ると、風は冷たかったが、暖かくなった。現場は自宅のそばでバイクで10分くらいで到着した。
今日の相方はAさんだった。Aさんは正月はどこにも行かず、初詣で西区の愛宕神社に行ったそうだ。階段は登らず、車で神社まで上がったらしい。
作業は8時から始まり、大工さんたちが家を組み立てていった。現場は時々車の往来があった。私の立っている位置から高さ234mの福岡タワーが見えた。私の背後には鬱蒼とした平和南緑地が広がっていた。午前中にトラックが1台来た。お昼は平和2丁目のファミマで、カップ麺とおにぎりを食べた。
午後はトラックは2台来た。材料をクレーンが吊るし終えると、今度はクレーンは内部の木板を吊るし始めた。午前の休憩と午後の休憩の時に大工さんから缶コーヒーを頂いた。冬の薄い青空に飛行機雲が尾を引いていた。作業が終了したのは、16時30分だった。太陽が沈む頃には辺りは寒くなっていた。明日も同じ現場である。気合を入れよう。
今日の相方はAさんだった。Aさんは正月はどこにも行かず、初詣で西区の愛宕神社に行ったそうだ。階段は登らず、車で神社まで上がったらしい。
作業は8時から始まり、大工さんたちが家を組み立てていった。現場は時々車の往来があった。私の立っている位置から高さ234mの福岡タワーが見えた。私の背後には鬱蒼とした平和南緑地が広がっていた。午前中にトラックが1台来た。お昼は平和2丁目のファミマで、カップ麺とおにぎりを食べた。
午後はトラックは2台来た。材料をクレーンが吊るし終えると、今度はクレーンは内部の木板を吊るし始めた。午前の休憩と午後の休憩の時に大工さんから缶コーヒーを頂いた。冬の薄い青空に飛行機雲が尾を引いていた。作業が終了したのは、16時30分だった。太陽が沈む頃には辺りは寒くなっていた。明日も同じ現場である。気合を入れよう。
2019年1月5日土曜日
2019年1月5日(土) D東駐車場警備
年明け早々の仕事は、D東駐車場警備だった。少し雨が降っていて、1月らしい寒い日だった。今日の相方Tsuさんだった。Tsuさんは6時半頃にやって来た。Tsuさんは「今日は道が空いていた」と言った。Tsuさんは12月27日は足場の現場で、15時くらいまでかかったそうだ。12月28日は柳川までHハイムの建て方の現場でYさんと一緒に行っていたという。正月は寝正月だったらしい。98歳になるお母さまと長男夫婦が訪れたそうだ。Tsuさんは筑紫工業高校(現在の筑紫台高校)に通っていて、その頃からタバコを吸っていたという。悪が多かったそうだ。高校を卒業して50年間、生コンプラントの責任者としての仕事を完遂した。Tsuさんは昼間は絶対お酒を口にせず、夜に風呂から上がって、焼酎を3合ほど毎日飲む。
7時から我々は、私が誘導の係で、Tsuさんがチェックシートの係で現場の三差路に立った。雨は止んでいた。今日はトラックがなかなか出てこなかった。新年で仕事が少ないのだろう。8時近くにトラックが6台出ていった。8時に猿顔が、自転車でやって来たので、私は「明けましておめでとうございます」と言った。猿顔は昨日が仕事始めだったようだ。今日は事務員さんの車はやって来なかった。休みなのだろう。8時56分にTsuさんに「Tsuさん!」と私は声を掛け、今日の勤務は終了となった。
7時から我々は、私が誘導の係で、Tsuさんがチェックシートの係で現場の三差路に立った。雨は止んでいた。今日はトラックがなかなか出てこなかった。新年で仕事が少ないのだろう。8時近くにトラックが6台出ていった。8時に猿顔が、自転車でやって来たので、私は「明けましておめでとうございます」と言った。猿顔は昨日が仕事始めだったようだ。今日は事務員さんの車はやって来なかった。休みなのだろう。8時56分にTsuさんに「Tsuさん!」と私は声を掛け、今日の勤務は終了となった。
2019年1月4日金曜日
2019年1月3日(木) 湯田温泉ツーリング日記
今日は、山口市にある湯田温泉に行ってきた。外はくっきりと晴れていて、絶好のツーリング日和だった。福岡市南区の自宅を出たのは7時30分だった。いきなり、中央区のファミマで、カップラーメンとおにぎりの朝食タイムとした。朝食後、アイコスで一服ときた。その後、3号線を快走した。そして、宗像市のローソンで、調子の悪いアイコスと取って代わって、マイセンエクストラライツで一服ときた。そして、遠賀町岸本の交差点のそばのローソンでトイレ休憩とした。そして、北九州市の清水のセブンでマイセン休憩といった。それから、関門海峡に面する和布刈神社でお参りをした。和布刈神社は、九州の最北端に位置する神社。第14代天皇・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の妃・神功皇后(じんぐうこうごう)が朝鮮半島へ出兵した「三韓征伐」の折に、建立された。西暦200年頃に建てられ、古くは、速戸社や隼人明神などと呼ばれていたが、1809年に和布刈神社の名称となった。境内には、高浜虚子句碑や松本清張文学碑、飯尾宗衹句碑などもある。毎年旧暦の元旦に行われる「和布刈神事(通称)」(県指定無形民俗文化財)は全国的に有名だ。関門海峡の早瀬が見えるパワスポで、ささやかなお願い事をした。それから、和布刈公園の見晴台に登った。マイセンで一服しながら、関門海峡を航行する中型船、小型船をそれとなく眺めていた。中型船、小型船の白い航跡がきれいだった。30分ほど中型船、小型船の行き来を眺めた後、和布刈公園を下って、100円で関門トンネルを潜り抜けた。関門トンネルを潜り抜けた後、ゆるやかなカーブの時々あるストレートコースが続くルート2、ルート9を快走した。山口市に到着したのは、14時30分だった。サビエル記念聖堂は荘厳だった。高さ53mの2本の塔と建物全体を覆う三角錐となったルーフが斬新なデザインだった。記念聖堂は、サビエルが山口を訪れてから400年を記念して建立された。内部にはサビエルの一生を描いたビューティフルなステンドグラスがあり、サビエルの生涯を描いたくっきりとした透明感のある色使いの絵画が飾ってあった。40分ほど記念聖堂を観覧した後、湯田温泉を目指した。湯田温泉では、日帰り銭湯の亀乃湯に入湯した。湯は熱めだったが、入り心地はナイスだった。30分ほどで出た。ルート2とルート9が合流する交通センター交差点辺りで湯冷めした。前方に見えたルート9の温度計によると、6℃だった。身震いがした。日が暮れたのは、18時10分だった。下関市才川のローソンで、ボスプレミアム微糖とマイセンで、身体を温めた。下関まで続くゆるやかな直線道路は凍えた。関門トンネルに入ると、少し暖まった。トンネルから出ると、また、冷えた。新宮町上府のセブンで、トイレ休憩兼マイセンの一服といった。ぶるぶるぶる、ぶるぶるぶる。福岡市南区のマイホームに辿り着いたのは、19時50分だった。
2018年12月29日土曜日
2018年12月29日(土) 長湯温泉ツーリング紀行
今日は、大分県竹田市にある長湯温泉に行ってきた。朝の3時に福岡市南区の自宅を出た。走っている最中、あまりにも手の指先が冷たいので、春日市昇町のセブンイレブンで、touch screen glovesを購入した。主役の手袋と相俟って、ちょっと暖かくなった。次に二日市中央4丁目のミニストップで、カップヌードルとばくだんおむすびの朝食タイムとした。外は極度に寒く、この朝食のおかげで少し身体が温まった。朝の暗い386号線を、原鶴温泉の方へと快走した。しかし、touch screen glovesを装着しても、寒さで手の指先は麻痺した。なので、所々でコンビニに立ち寄って、手の指先を温めた。おまけに、足も寒さで相当ガクガクきていた。手の指先の麻痺にたまらず、原鶴温泉のそばのローソンで、ホッカイロを購入した。しかし、窮屈すぎて、手袋と手の間にうまく収まらなかった。なので、ホッカイロは放置しておくことにした。およそ76円がもったいない。日田市十二町のローソンまでガタガタ震えながら走った。ローソンでお決まりのタバコを吸った。うまかった。210号線に入ると、脇の道に霜のような雪のような白い物が見えた。間違いなく凍ってる。そこで、私は徐行運転をし始めた。単車のためスリップを懸念してのことだ。天ヶ瀬近くの温度計は-5℃を表示していた。路面が凍っていても、おかしくない。私は徐行運転を続けながら、追い上げる自動車に道を譲った。天ヶ瀬を過ぎたところの温度計はさらに-7℃を表示していた。時々、立ち止まって見上げる星空がきれいだった。空気が澄んでいる。しんと澄んでいる。玖珠町に近づくにつれ、雪が舞い降り始めた。時節遅れのホワイトクリスマスといったところか。玖珠町のファミマで、身体を温めようと、缶のコーンポタージュを購入した。少し身体が温まった。手の指先の冷たさがたまらず、豊後中村のローソンに立ち寄った。空がほのかに明るくなり始めていた。まさに、寒さに震えながら、湯布院の道の駅まで頑張って走った。湯布院に到着するまでは、すっかり空は明けきっていた。湯布院の道の駅で、お決まりのタバコを吸った。ただ、寒かった。長湯温泉までの分岐点である大瀧のローソンまで、走り継いだ。腕に巻いてあるデジタルウォッチは7:50を表示していた。長湯温泉へと続く県道30号線へ入った。すれ違う車はほとんどなく、快適な道のりだった。やっと、長湯温泉に到着した。時刻は8:20だった。大分県の内部、久住山系の麓の直入町にある「長湯温泉」は、世界屈指の炭酸湧出地として知られる。温泉街の中心を流れる芹川の川原にある混浴露天風呂「ガニ湯」や、ドイツ風の建築が特徴的な「御前湯」、そして炭酸の気泡がはっきり見える湯で有名な「ラムネ温泉」など、長湯には実にバラエティ豊かな風呂がそろっている。私はこの中の「御前湯」に入湯した。ぬるめの湯加減が心地よい露天風呂に2時間ほど浸かった。麻痺していた寒さはとれ、ほんのり身体は温かくなった。その後、身体を洗い、熱めの内湯に20分ほど浸かった。おかげで、身体はポカポカした。風呂から上がると、「御前湯」のそばのラーメン屋で、豚骨ラーメンを食べた。薄目の豚骨スープだったが、十分身体は温まった。ラーメン屋を出ると、「ぐるっとくじゅう周遊道路」を走り、冬季閉鎖中の「くじゅう花公園」の駐車場から、くじゅう連山を眺めた。くじゅうの山々は高く、うっすらと雪化粧をしていた。空の青と雲の影の黒の対称が美しかった。くじゅう周辺の温度計は0℃を表示していた。厳しい寒さのくじゅうを下りると、次に天ヶ瀬にある高塚地蔵尊に向かった。地蔵尊に到着したのは、16時半頃だった。高塚地蔵尊は、どんな願い事も叶えてくれると評判で、県内外から年間200万人の参拝客が訪れる。高塚愛宕地蔵尊は、奈良時代の高僧「行基」によって開かれたといわれており、開基から1050年、神仏混淆の形式をそのまま残している珍しい地蔵尊である。私はこの「高塚愛宕地蔵尊」で、ささやかな願い事をした。でも、成就してほしい。私はお地蔵様に熱い視線を送った。お地蔵様は優しく微笑んでおられた。
高塚地蔵尊でも雪が舞い降りていた。
福岡市南区の自宅までの道のりは相変わらず寒かった。日田市で見た温度計は3℃を表示していた。自宅に帰り着いたのは、18時20分だった。
高塚地蔵尊でも雪が舞い降りていた。
福岡市南区の自宅までの道のりは相変わらず寒かった。日田市で見た温度計は3℃を表示していた。自宅に帰り着いたのは、18時20分だった。
2018年12月28日金曜日
2018年12月28日(金) Sハイム九州 福津市西福間5丁目 建て方
今日は、福津市西福間5丁目で建て方作業に伴う交通誘導警備に従事した。激烈に寒い日で、雪が時折降った。西福間5丁目は新築物件ばかりが建ち並ぶ分譲地で、新しい郊外のニュータウンといったところだ。
相方のTさんは7時50分頃に姿を現した。Tさんは「手袋はせんと?軍手じゃ冷たかろうもん」と言った。私は「軍手で頑張ります」と言った。
現場は通行止めの現場で、私は東側に立ち、Tさんは西側に立った。現場には他の工事の業者の車が何台か入ってきた。Sハイムの建て方の現場なので、家のユニットを載せたトラックが次々と到着した。トラックを現場内に導き入れ、私はガタガタと震えながら、警戒を続けた。途中、施主さんからお茶を頂いた。順調に作業は進んでいき、13時30分に作業は終了した。Tさんが最後にクレーンを誘導すると、作業は終了となった。ガタガタ震える私を見て、Tさんは「死にそうな顔しとるから、もう帰っていいよ」とサインを貰う前に言った。帰る準備をしていると、Tさんが手招きして、「施主さんから梅ヶ枝餅頂いたから、一つ取っていきぃ」と言って、業者のバンの後ろを指さした。私はひとつ梅ヶ枝餅を取り、歩きながら口の中に入れた。温かい梅ヶ枝餅は絶品の味だった。今日は今年一番の冷え込んだ日だった。それでは、また。
相方のTさんは7時50分頃に姿を現した。Tさんは「手袋はせんと?軍手じゃ冷たかろうもん」と言った。私は「軍手で頑張ります」と言った。
現場は通行止めの現場で、私は東側に立ち、Tさんは西側に立った。現場には他の工事の業者の車が何台か入ってきた。Sハイムの建て方の現場なので、家のユニットを載せたトラックが次々と到着した。トラックを現場内に導き入れ、私はガタガタと震えながら、警戒を続けた。途中、施主さんからお茶を頂いた。順調に作業は進んでいき、13時30分に作業は終了した。Tさんが最後にクレーンを誘導すると、作業は終了となった。ガタガタ震える私を見て、Tさんは「死にそうな顔しとるから、もう帰っていいよ」とサインを貰う前に言った。帰る準備をしていると、Tさんが手招きして、「施主さんから梅ヶ枝餅頂いたから、一つ取っていきぃ」と言って、業者のバンの後ろを指さした。私はひとつ梅ヶ枝餅を取り、歩きながら口の中に入れた。温かい梅ヶ枝餅は絶品の味だった。今日は今年一番の冷え込んだ日だった。それでは、また。
2018年12月27日木曜日
2018年12月27日(木) D東駐車場警備
今日は、D東駐車場警備だった。身が引き締まる寒さと晴れた空。6時45分に田んぼの奥のところに黒のダイハツムーヴを駐車していたYさんがやって来て、「どこの現場いっとるね?」と訊いてきた。私は「駐車場警備と足場の現場に行ってます」と答えた。「Yさんはどこの現場に行ってますか?」と私は訊いた。Yさんは「足場ばかりいっとる」と言った。「Yさん、今月の給料多かったですか?」と私は訊いた。「多いと言えば多い」とYさんは言った。
7時から我々は現場の三つ角に立った。Yさんが誘導の係で、私がチェックシートの係だ。8時までに大方のトラックは出尽くした。8時20分頃にYさんが「トイレに行ってくる」と言って、現場を離れた。8時55分にYさんの「終了!」という合図で、私は現場を引き上げた。九州自動車道の下のトンネルの中で、私はYさんに「正月はどこか行きますか?」と言った。Yさんは「犬掻きでハワイまで行ってくる」と冗談を言った。私は、は、は、は、はーと笑った。
これから、私は散髪に行く予定だ。それでは、皆さん、グッバイ!
7時から我々は現場の三つ角に立った。Yさんが誘導の係で、私がチェックシートの係だ。8時までに大方のトラックは出尽くした。8時20分頃にYさんが「トイレに行ってくる」と言って、現場を離れた。8時55分にYさんの「終了!」という合図で、私は現場を引き上げた。九州自動車道の下のトンネルの中で、私はYさんに「正月はどこか行きますか?」と言った。Yさんは「犬掻きでハワイまで行ってくる」と冗談を言った。私は、は、は、は、はーと笑った。
これから、私は散髪に行く予定だ。それでは、皆さん、グッバイ!
2018年12月26日水曜日
2018年12月26日(水) D東駐車場警備
今日は、D東駐車場警備だった。雨天で、底冷えのする日で、手と足の指先がかじかんだ。6時45分に九州自動車道の下のトンネルの中で、今日の相方、Tsuさんに出会うと、Tsuさんは話し始めた。Tsuさんは昨日、Tさんと一緒に大牟田までSハイムの現場に行っていたということだ。その前日は福岡タワーのそばの足場の現場に行っていたらしい。中国人だらけだったらしい。
7時から私が誘導の係で、Tsuさんがチェックシートの係で、Tステンレス研磨興業とスチールの社屋が見える現場に立った。トラックは8時までにほぼ出尽くした。8時に猿顔が自転車でやって来て、「寒いね」と言った。
8時53分にTsuさんが本シートにトラックのナンバーを写すために、トンネルの中に入って行った。今日の勤務はそこで終了となった。今日は寒い上に雨が降る最悪のコンディションだった。年末から始まる休暇までもう少しだ。あと一息がんばろう。
7時から私が誘導の係で、Tsuさんがチェックシートの係で、Tステンレス研磨興業とスチールの社屋が見える現場に立った。トラックは8時までにほぼ出尽くした。8時に猿顔が自転車でやって来て、「寒いね」と言った。
8時53分にTsuさんが本シートにトラックのナンバーを写すために、トンネルの中に入って行った。今日の勤務はそこで終了となった。今日は寒い上に雨が降る最悪のコンディションだった。年末から始まる休暇までもう少しだ。あと一息がんばろう。
2018年12月25日火曜日
2018年12月25日(火) D西駐車場警備
今日は、D西駐車場警備だった。晴天だったが、冷え込んだ。相方のHさんによると、今日は3℃らしい。金曜日はもっと冷え込むようだ。Hさんは休日はお孫さんと遊んだらしい。Hさんによると、警察を退職して、事務方として入社してきたMさんが辞めたということだ。仕事も少なかったし、退職したのは仕方ないだろう、とHさんは言っていた。今日はトラックは15台ほど出動した。台数としては普段と比べると、少ないほうだ。今日もHさんに缶コーヒーを奢って貰った。8時25分になると、Hさんは事務所に日報のサインを貰いに行った。事務所から出てくると、Hさんは「下番報告はしときます。お疲れ様」と言った。
2018年12月23日日曜日
2018年12月23日(日) 山鹿温泉ツーリング紀行
今日は、山鹿温泉に行ってきた。曇りで、薄暗い空の下、6時50分に福岡市南区の自宅を出発した。気温は年末にしてはそれほど寒くない。まず、福岡花畑3丁目のローソンでカップラーメンとおにぎりの朝食を取った。11月22日に新しくオープンした店だ。朝食を取った後、アイコスを1本吸った。それから、早朝の空いている県道49号線を国道3号線の方へと走行した。御笠川4丁目の交差点から3号線へと突入した。早朝の空いている3号線を時速85㎞くらいで、鳥栖のセブンイレブンまで継続走行した。セブンイレブンで、また、アイコスを1本吸った。それから、久留米の方へと向かった。久留米大橋を渡って、リバーサイドパークで休憩を入れた。12月の筑後川は深い緑色を湛えていた。川の真ん中で鴨が泳いでいた。筑後川のうすら寒い水面を眺めた後、次は久留米市諏訪野町の諏訪神社にお参りした。御祭神は親子である大己貴命(おおなむちのみこと)と建御名方命(たけみなかたのみこと)。大己貴命(おおなむちのみこと)は、国づくりの神様である。建御名方命は出雲の神大己貴命(大国主命)に国譲りを迫る春日明神建御雷命に対して挑戦した神様だ。私は2柱の御祭神に向かって、ささやかな願い事をして、神社を後にした。それから、退屈な外観の都市郊外のチェーン店の看板が建ち並ぶ3号線を走行して、八女市吉田のローソンに立ち寄った。ここでアイコスで一服といった。それから、山間部の山道に入った。山には雲がかかり、雨が降るかもしれないと思った。その後、道の駅鹿北で休憩を取った。山鹿温泉はもう目と鼻の先だ。今にも雨が降りだしそうな曇り空の下で、熊本県山鹿市山鹿1番地1にある山鹿温泉元湯さくら湯に到着したのは11時30分頃だった。風呂に浸かる前に、アイコスで1本といった。さくら湯は明治初期の大改修以降、市民温泉として愛されてきた山鹿の元湯が、明治以来の往年の姿に再生された。唐破風のある南北の玄関や十字にクロスした独特の屋根の形、貴賓客が使用した「龍の湯」など、江戸期の建築様式を可能な限りに再現した「さくら湯」である。私はこの「さくら湯」のほどほどにぬるいお湯に1時間15分ほど浸かった。少し硫黄臭いさくら湯のお湯も飲んだ。ぬるくても1時間以上浸かれば、身体もぽかぽかだった。「さくら湯」を出ると、空からは水の玉が落ち始めていた。温泉から近いところにあるどさん子ラーメン山鹿店にレインコートを纏わずに向かった。12時30分頃だったので、どさん子ラーメンは混んでいた。どさん子ラーメンでは、醤油ラーメンの大盛りを頼んだ。温泉でのほてりと醤油ラーメンの温もりとが相まって、さらに身体はぽかぽかになった。どさん子ラーメンを出ると、レインコートを纏い、次に道の駅鹿北に立ち寄った。そこで、あみ漬350円也を購入した。道の駅鹿北を出ると、12月の冷たい雨が降りしきるなか、福岡市南区の自宅へと帰還していった。アイプロテクターを装着していなかったので、降りしきる雨が覆いのないフルフェイスのヘルメットを突き抜けてぱちぱちと私の顔に当たった。水玉は痛かった。私はすぐにアイプロテクターを装着した。アイプロテクターを装着すると、視界はきれいになった。だが、身体は、降りしきる雨と11℃の寒さで底冷えしていた。雨がなおも降り続く3号線を福岡市南区の方へと目指した。強行軍のなか自宅に帰り着いたのは16時40分だった。
2018年12月22日土曜日
2018年12月22日(土)Pリフォーム 西区生松台1丁目 足場解体
今日は、西区生松台1丁目で足場解体作業に伴う交通誘導警備に従事した。曇っていたが、晴れ間がさした。そんなに寒くなかった。生松台1丁目は福岡西陵高校の近くの住宅街だ。
足場解体作業は8時半から始まり、D東のE班3人が足場を解体していった。現場はちょうどカーブになったところで、ひやひやしながら片側交互通行をやった。車の通りはけっこう多かった。雨が上がったばかりなので、屋根でSEさんが滑っていた。作業は12時15分に終わった。もう師走も終わりに近づいてきたので、長期休暇が楽しみだ。
足場解体作業は8時半から始まり、D東のE班3人が足場を解体していった。現場はちょうどカーブになったところで、ひやひやしながら片側交互通行をやった。車の通りはけっこう多かった。雨が上がったばかりなので、屋根でSEさんが滑っていた。作業は12時15分に終わった。もう師走も終わりに近づいてきたので、長期休暇が楽しみだ。
2018年12月21日金曜日
2018年12月21日(金) S建設九州 新宮町湊坂3丁目 足場解体
今日は、新宮町湊坂3丁目で足場解体作業に伴う交通誘導警備に従事した。ここは昨日雨天中止で、半日分の給料を貰ったところだ。時折雨が降り、本降りにはならなかったが、寒い陰鬱な天気だった。新宮町湊坂は、大手住宅メーカーが1990年に開発した600世帯の町だ。花のまちづくり国際コンクールの最優秀賞をはじめ数多くの賞を受賞した町だ。きれいに区画整理された住宅街の道路のカーブのところに作業車は停まった。作業は8時半から始まり、D西のSEさん3人が足場解体作業に取り掛かった。時折雨が降る中で、現場を通過したのはたった3台の車だった。途中で休憩を挟み、作業が終了したのは13時だった。13時30分終了のサインを付けて貰い、寒空の下、私は福岡市南区の自宅の方へと引き返していった。
2018年12月19日水曜日
2018年12月19日(水)S建設九州 南区柏原6丁目 足場解体
今日は、南区柏原6丁目で足場解体作業に伴う交通誘導警備に従事した。晴天で、12月にしては比較的暖かった。柏原6丁目は柏陵高校の近くで、きれいに区画整理された住宅街だった。
作業は8時半から始まり、D西の3人のSEさんたちは、まず、家に被せられたメッシュを剥いでいった。現場は片側交互通行の現場だったが、車はほとんど通らなかった。3人のSEさんたちは、順調に足場を解体していった。11時半頃にSEさんたちは休憩を取った。私もアイコスを1本吸った。休憩の後、買い物から戻ってきた家主さんの車をバック誘導した。足場解体の作業が終わったのは、12時45分だった。昨日は休みだったので、1日の仕事ができて良かった。柏原6丁目は自宅からも近いので、帰宅の走行もスムーズだった。
作業は8時半から始まり、D西の3人のSEさんたちは、まず、家に被せられたメッシュを剥いでいった。現場は片側交互通行の現場だったが、車はほとんど通らなかった。3人のSEさんたちは、順調に足場を解体していった。11時半頃にSEさんたちは休憩を取った。私もアイコスを1本吸った。休憩の後、買い物から戻ってきた家主さんの車をバック誘導した。足場解体の作業が終わったのは、12時45分だった。昨日は休みだったので、1日の仕事ができて良かった。柏原6丁目は自宅からも近いので、帰宅の走行もスムーズだった。
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